まずは偽善に関する問題をただただ並べてみる

偽善の研究をすることにした。

よし。早速始めよう。

と、思った時に思った。

・・・私は何を研究しようとしているのだろう。

あれだ。問題提起というやつが必要だ。
解決しようとする問題がないと、研究は往々にして空虚になることを私は知っている。

小学生の頃にした「音調べ」という自由研究は、「スプーンは落下した時、『キーン』という音がする。対して、ケーキは『べちゃっ』となる」みたいな、何も生み出さない調査に終わってしまった。
当時は自由研究の宿題が終われば何でもよかったので特に虚しさは感じていなかったが、今考えると、ただただ無駄にケーキを潰しただけの作業だった。
研究活動を有意義にする上で、問題提起は非常に重要な役割を果たす。
同じ轍は踏むまい。

という訳で、偽善に関する問題を思いつくままに書いてみる。他にも思いついたら、そのうち追加しよう。

1. 隠れキリシタン問題

隠れキリシタン問題

偽善研究所とはにも書いた通り、偽善ではない考えや行動も「偽善でしょ」と疑われることによって、純粋に善行をしている人たちが窮屈な思いをしている。

「俺、貧困をなくしたいんだよね」と本気で思っていても、「偽善でしょ」と思われることが容易に予想できてしまうために、それをうかつに口にすることはできない。

別に悪いことをしている訳ではないのに、世の雰囲気がそれを受け入れることをしないために、密かに善行をしなければならない隠れキリシタンのような状態の人がいるのだ。

隠れキリシタン問題による弊害

  • 善行をしようとしている人が窮屈な思いをしている。
  • 善行が発信されづらいため、善行が世に広まりづらくなっている。

2. 定義ふわふわ問題

偽善の定義ふわふわ問題

ある行いを偽善と呼ぶかどうかの基準は、割とふわっとしている。

偽善(ぎぜん)とは、善良であると偽ることをいう。また、これを行う者は偽善者とよばれる。外面的には善い行為に見えても、それが本心や良心からではなく、虚栄心や利己心などから行われる事を指している。

Wiki にはこう書いてあるが、この定義だと「俺は偽善者なのだろうか」という問いに、イエスまたはノーという明瞭な答えを出すことは難しいと思う。
ある行動の動機が、100%本心や良心で構成されることはほとんどないからだ。

例えば、私は三日坊主を克服するためのアプリを作っていて、そのアプリ内から広告をなくしたことがある。このアプリは無料なので、収益源がほぼゼロになった。

「邪魔な広告のない、より良いアプリをユーザーに届けて、三日坊主の克服に貢献したい」というのも間違いなく本心であるが、同時に、「結果としてユーザー数が増えていくことが、アプリ開発者としての実績になり、今後様々な局面で自分に有利に働く」ということも理解している。
これを利己心と呼ぶことは不可能ではない。
よって、私がアプリから収益源を絶ったことは偽善と言えなくもない。

(そもそも「俺は偽善者だろうか」というのはイエスとかノーで答えられる類の問いではなく、「あいつは70%偽善者」みたいな度合いが回答になるものなのかもしれない)

「そんなのどっちでもいいじゃん」と思う人もいるかもしれないが、以下のように、本人にとっては影響度の大きい深刻な問題なのだ。

定義ふわふわ問題による弊害

  • 自分自身に対する疑惑が生じ、「誰かの役に立った」という実感や、善行の勢いを鈍らせる。
  • 「偽善でしょ」と思われても完全に否定しきれず、自分自身の中途半端感に苦しむ。

3. 何に怯えているんだろう問題

何に怯えているんだろう問題

「偽善でしょ」と思われることはすごく嫌だ。その状況は全力で回避したい。

でも、何故だろうか。

隠れキリシタン問題で「窮屈さ」と呼んだ感覚は、何が作り出しているのか、あまりよく分からない。

偽善だと思われて、その人との関係が悪化することを危惧しているのか、疑いの目やその雰囲気そのものに怯えているのか、全く別の要素が存在するのか、よく分からない。

この正体が分かったら、対処法も見えやすくなるような気がするし、怯えなくて済む可能性だってある。
例えば、こんなことはあり得なくないと思う。

  1. 「お金が足りない」と毎日不安な気持ちになっていた。
  2. 今後の出費と収入を計算してみたら、ネガティブめに見積もっても、贅沢さえしなければ意外と平気だった。
  3. 毎日抱えていた不安が小さくなった。

逆に、不安の正体を掴めていないと、必要以上に不安が膨らんでしまう危険がありそうだ。

何に怯えているんだろう問題による弊害

  • 怯える必要のないものに怯えているかもしれない。
  • 正体が掴めないということ自体が不安感を増している。

 

今後

問題は山積みで、どれも難問である。

問題同士は互いに繋がっている感じがするから、それぞれ同時並行的に進めるのが良い気がする。

とりあえず大きな方向性としては「『偽善でしょ』という空気の窮屈さをなくす」を目標に、いろいろ考えたり調査したりしてみよう。もしかしたら考えていくうちにその目標自体も変わるかもしれないけど、とりあえず当面は。

面白くなりそうだ。

“まずは偽善に関する問題をただただ並べてみる” への1件の返信

コメントを残す